プロフィール
沖縄県大宜味村で陶芸工房を営んでいます。↓蛍窯HPもご覧ください!
ウェブサイトURL:http://www.yamagami-manabu.com/
(移転・リニューアルしました)

2004年12月06日

小さな部落一丸となって大盛り上がり・・・豊年祭

夏から10月頃にかけて、各地で「豊年祭」なるものが開催されます。豊作を願うとともに、収穫を授けてくださる神様に感謝をささげる行事だそうで、劇や踊りなど本格的な出し物が、色々な部落で催されます。

われわれの住む大宜味村田嘉里は、区民200人くらいの小さな部落ですが、今年は2年に一度の豊年祭が10月2日に催されました。田嘉里では踊りの演目が何種類かあり、8月からそのための練習が始まりました。家の前にある公民館で、8月は週3回、9月は毎晩、夜8時から10時まで練習です。何せ目の前なので、毎晩賑やかというか騒がしく、出演者の親についてなぜか小さい子達も毎晩遅くまで一緒に来ていて、K(「3日目にさっそく近所のわんぱくKが遊びにくる・・・超ど級のわんぱくだった」参照)もお父さんについて来るので夜9時ごろ遊びに来てしまったり、うちの子供たちも公民館に行きたがるを制するのもたいへんだったりと、困った事もありましたが、豊年祭に向けての部落を上げての意気込みが伝わってくるので、当日を迎えたときは、わたしも「いよいよ」と、参加者の一人のような気構えになっていました。

さて、10月2日朝。「手が空いている人は会場設置や炊き出しを手伝って」という部落内放送があったときには、これで参加できる、と嬉しくなり、喜び勇んで微力ながら野菜の皮むきなどを手伝いました。出演者は朝からメイクです。子供たちも、部落の特別な日、という雰囲気を感じているようで、うきうきしています。

午後3時ごろから「道ジュネー」というのがはじまりました。これが今日一番のヒットでした(踊りは子供やおしゃべりに気を取られ、実はあまり真剣に見られませんでした。出演者の方々ごめんなさい)。舞台の出演者全員が行列になって、太鼓を叩きながら山の上から降りてきて部落内を練り歩く儀式なのですが、住人は家の前で、男性は女装、女性は仮装をして行列を迎えるのです。おじいやおばあが率先して、派手な着物やかつらやお面で仮装をして、盛り上がっています。そして太鼓を叩いてひと踊りしてお出迎えし、行列に加わります。

まさに住民総出で部落内を練り歩き、着飾り、踊り、楽しむ。こんな小さな部落でこのパワー。すごいです。

行列が終わるころ、続々と人が集まり始めます。「郷友会」といって田嘉里出身でほかの土地へ行っている人たちで作っている会のメンバー、こんな会があること自体すばらしいと思うのですが、この方たちをはじめ、そのほか一族郎党、隣部落の人など。部落の内輪のイベントと呼ぶには大規模すぎるほどたくさんの人が集まりました。

そして暗くなったころ、メインイベントの踊りです。2ヶ月の特訓の成果が披露され、皆で鑑賞し、後片付けをして、長い一日の終わりです。お役目が終わってほっとした出演者の人たちの夜は、打ち上げでさらに長くなったようです。

とても楽しく、沖縄パワーに改めて驚いた一日でした。こういうことが、われわれが住む部落が特別ということではなく、特に田舎では各地で行われている、というのですから、民間信仰が生活に根付いているさま、そして、これらの行事こなす人々のノリのよさに、東京生まれ・東京育ちのわたしは驚きあきれ、興奮しました。

高校や大学、社会人時代は仲間内などで、皆で一緒に何かをして盛り上がる事はありましたが、そのグループはいずれも、狭い年齢層、似通った嗜好など、いくつもの共通点がある、基本的には自分が選択した、ある意味で同質な人間の集まりでした。ですので、偶然生まれついた土地、という共通項だけでくくられた老若男女の集団が、これだけ団結し、盛り上がる、ということは、自分の理解の範疇を完全に越えていて、そういう意味で今日という日は、未知だった概念に出会えた、記念すべき日となりました。

ついでにいうと、ここの部落には「田嘉里の歴史」という立派な部落史の本が存在します。実際に田嘉里の成り立ちや、昔活躍した人の民話はわたしもすでに何度か耳にしたことがあり、人々の口でわりと頻繁に語られているという印象です。歴史や言い伝えを大切にする、すごい部落だ!とまたまた感激したのですが、実はどこの部落にも立派な部落史があり、成り立ちの民話が浸透しているというのですから、やっぱり沖縄は違います。

しかし、沖縄でも都会ではこのような習慣は薄れており、またこの辺りでも若い人たちがどれだけ継承するか、いつまで残るかは時間の問題なのかな、という予感もします。

東京生まれで、信仰心のほとんどない環境で育った自分からすると、こういうことを大切にすることはいいことだ、うらやましい、と心底思いますし、沖縄に繰り返しやってくる人たちは同じ理由で沖縄に惹かれているのだと思います。けれど、豊かだけど忙しく、合理的な世の中になり、情報も氾濫すると、伝統や信仰などはわずらわしいから、という、都会がずいぶん昔にたどった道をたどる可能性は大いにありそうです。それに危機感を覚え、地域性を保とうとする取り組みがあちらこちらでなされているのには感心してしまいます。当事者には良さが見えにくいのだ、などと無責任な部外者が言う立場にありませんが、ぜひともこのすばらしい郷土色を残して欲しいものです。

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