去年の今頃書いた、「
クリスマスの反省」とタイトルをつけた日記を読み返してみたら、初めて読んだみたいにすっかり内容を忘れていて、慌てました。
大丈夫か、私。
幸いクリスマス前に読み返したので、なんとか同じトラップにはまらないですみました。
コメントで友人が書いてくれた「ワクワクドキドキの気持ちを感じられたら」という言葉に、これで行こう!という気に。
子供が小1と5歳になって、サンタさんをずいぶん楽しみにするようになっているので、その姿をかわいいねえと見守ってみました。いつまでサンタクロースを信じていたかとか、いろいろきいてみると各家庭のエピソードもほほえましい。大きいおにいちゃんおねえちゃんに「サンタは本当はいないんだよ」って言われても「いるで!!」と言い張る小さい子とか。
サンタクロースを信じることができる頭の構造というのは、大人になりきってしまったわたしにとっては摩訶不思議で、子供のすばらしい資質だな、と感心します。
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「家守綺譚」(梨木香歩著)という本を読みました。
設定は100年前で、ある民家を「家守」している人に起こる話。
恋するサルスベリを皮切りに、河童やら子鬼やら死んだ人やら狸やらがふつうに登場します。
この民家の描写は、東京の下町にあった祖父母の家をほうふつとさせます。
小学生くらいまで通っていたあの家では、子鬼が木の上にちょこんと座っていたのがしかるべく眼の持ち主には見えたかもしれません。
この生き物たちは庭とか水辺とか湖とか竹林とかに山中に住んでいますが、こういう、人間にとってちょっと困った存在たちは、今となっては自然環境的にも人間の思考的にも生息の余地がほとんどなさそうです。河の水にさらわれるとか、山の中で迷子になるとか、自然に対する怖い気持ちが生み出す生き物たちですから、自然を征服した気になると、消滅してしまうのでしょう。
家のつくりでも、トイレが外にあったり家の一番隅のはずれにあったりすると、いかにも幽霊がでてきそうですし。(今の家のトイレは離れのぼっとん便所で、子供たちは決してそこで用を足そうとしません。「小」はその辺の草むらで、「大」は庭に設置したポータブル便器で青空を見ながらしています)
河童が生息しているような世の中も、サンタさんを無邪気に信じる心も、ノスタルジーに過ぎないのかな・・・。
それにしても、日本むかし話の生き物たちに対し、サンタクロースの繁栄ぶりはどうしたことでしょう。
要するに、経済という欲望と結びついたものは強いのだ、などと、最後にはやっぱりクリスマスに対してはひねくれてしまうのでした。