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沖縄県大宜味村で陶芸工房を営んでいます。↓蛍窯HPもご覧ください!
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(移転・リニューアルしました)

2011年12月06日

絶対的差別の解消をめざした師さんの死

絶対的差別の解消に文字通り骨身を削って取り組んでいらした杜の会の師さんが、亡くなりました。
ハンディキャップの方たちへの差別の解消とは何かをつきつめ、かれらの経済的自立、生きがいを実現するために奔走されてきた敬愛する方が逝ってしまったことは私達にとっては突然のことで、呆然としています。お近づきになってから短い期間でしたが、いわゆる社会的弱者の人たちも生きやすい世の中とはなにかという師さんが残された問いかけを、重く受け止めていきたいです。

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お葬式の夜に、キャンドルをひとつだけ灯して家族でうーとーとー(お祈りする、の沖縄方言)をしてみました。場が引き締まり、いつも多動過ぎる子ども達も静かに手を合わせていました。

ここ沖縄の田舎では、弱者に対する優しさを感じます。仕事もせず酒ばかり呑んで字費(自治会費のようなもの?)を払えない人などに対しても、口では悪く言っていても追い詰めすぎない。それに甘えてそういう人たちが更正しない、という見方もありはするのでしょうが、今の世の中で起きている切捨て、弱肉強食の、ストレス過多な競争社会をみていると、この優しさこそが希望ある未来を築く鍵となるのではないかと思ったりします。

師さんや、地域の人の寛容さに接して、自らもそうありたいと思う私達を、ためすようなウーファー(カップル)が現在滞在しています。詳細は別の機会に譲りますが、ウーフの仕組みは、ホストであるこちらが宿と食事を提供し、ウーファーは6時間の労働を提供してくれるという交換で成り立っていて、そのうえに交流という双方にとってかけがいのない体験が付随していることが、システムを魅力的なものにしています。現在滞在中のウーファーたちは、能力と志向と常識に問題があるため、交換の仕組みのバランスがたいそう悪く(平たく言えばこちらが大損している感じ)、交流もほとんど成り立ちません。こうなると、受け入れしないという選択も可能ですが、この能力の欠如の度合いは、ある意味社会的弱者と言えるほどで、師さんを敬愛する私達は、性格や態度がよくないわけではなく能力が少ないかれらに出て行けとは言わないことにしました(悩んだすえ)。一ヶ月の滞在中、おどろきあきれ、葛藤が大いにありましたが、ようやく終盤に係り、かれらの人より優れている点も見えるようになりました。自分の中の異質なものを排除したくなる性質と向き合うなど、いい経験になりました。優しさがある人は偉大だ、とつくづく感じています。明日旅立ちです。
posted by じんじん at 12:06| Comment(0) | 田舎で考えてみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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